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「うつ病」と「燃え尽き症候群」からの回復

ソーキングの効能
「うつ病」と「燃え尽き症候群」からの回復
グドール ジェラルド
2011年1月31日

イントロ
二年位前の3月、ジェリー牧師から「疲れた顔をしているね」と言われました。自分でも精神的な疲れはかなり感じていたので、その後思い切って精神科の病院に行ってみると、医者から「うつですね」と診断されました。その頃から「うつ」と「燃え尽き」との苦しく暗い闘いが始まりました。ここに、「うつ病」と「燃え尽き症候群」からの回復の体験談を書かせていただきます。「うつ病」や「燃え尽き症候群」とは無縁だとお思いの方も、私の回復に役立った「ソーキング」の効能をぜひ知っていただきたいので、お読みいただければ幸いです。また、「ソーキング」だけがうつや燃え尽きに有効であると言おうとしているのでもありません。これからも謙虚になって、聖書や精神医療から学んでいくべきであると感じています。日本のうつ病患者数は近年増加し、潜在患者数は一千万超とも言われています。そのような中で、うつ病や燃え尽き症候群から一人でも多くの人が回復することを願ってこの文章を書いています。

人を避ける
私はうつと診断されてからも仕事や教会での奉仕は続けていました。しかし、うつ病の典型的な症状である、「人を避けたくなる」ことがよくありました。教会に行っても一番先に考えることは「どうやったら早く家に帰ることが出来るか」でした。一番いやなときは礼拝の最初にみんなで互いにあいさつをし、握手をするときでした。教会の祈り会などで礼拝している時に、主の臨在で感動しているように見える人がたくさんいても、自分は何も感じない、ただ頭が痛く、疲れるというようなことが何度もありました。でも、何も感じなくても主の臨在に浸り、ほかの兄弟姉妹たちと集まることだけはやめたくなかったので、集い続けました。

仕事に行けなくなる
職場であるCFNJ聖書学院に行っても、服用していた抗うつ剤の副作用などで眠たくなったり、薬の作用とは別に、やる気が全くなくなることがよくあり、一日のうちに1,2時間横にならなければならないことがしばしばありました。平日に一日の休みをとっても回復することはありませんでした。2010年8月にはついに休職することにしました。9月から10月にかけて、転地療養のためにアメリカテキサス州ダラスにあるCFNI聖書学院のキャンパスに滞在することにしました。CFNIにいる間に、そこで学んでいる娘と息子に会うことが出来たり、いやしのセミナーにでたり、指導者のカウンセリングを受けたりするという恵まれた時を過ごすことが出来ました。このアメリカ訪問で得たことはソーキングを始めて、元気が回復し始めてからとても力になりました。しかし、日本に戻ってきた後も、すぐには回復せず、だんだん希望ややる気がなくなり、沈んでいく日々が過ぎていきました。

「私の安息に入りなさい」
そのような日々の中、11月中旬のある日曜日、私が通っているのと同じICF教会の佐藤ケイトさんからメールをいただきました。それはまとめると大体次のような内容でした。「主に祈っている中で、あなたに次のようなことばを主が語っているように感じました。『私はあなたを回復する。しかしあなたはまだ準備ができていない。あなたは、「なぜこのようなことが自分に起こるのだろうか」と言っている。しかし私はあなたに言う。「あなたは私の安息日をやぶった。それを守らなかった。今私の安息に入りなさい。時間を取りなさい。普段していることを離れて私のもとに来なさい。私の顔を慕い求めなさい。緑の牧場に伏しなさい。私があなたのたましいを生き返らせます。私はあなたをいやす主であるから。」』
私はこのメールを読んですぐにぴんと来ました。そうだ、自分は今まで神様が約束してくださっている安息を大切にしていなかった。一番大事な、神様と時間を過ごすことをおろそかにしてきた。今こそそれを実践しなければならないと感じました。
それと同時に、ケイトさんのように自分のために祈ってくださっている多くの方々の祈りがあることを覚え、深い感謝の念を感じました。(私のために祈っていてくださった方々に感謝します!)

ソーキングを始める
ケイトさんからメールをもらった次の日から早速ソ-キングを始めました。ソーキングについては何年か前に、日本中の牧師たちが集まる「教役者大会」で紹介され、少しやったことはあったのですが、毎日継続して行うことはありませんでした。
「教役者大会」の講師の一人であった、カナダ・トロントの教会の牧師夫人のアリソン・ジョーンズさんが自らの証しで、ソーキングを通して心のいやしの大部分を体験したと言っていました。ソーキングとは、「浸ること」という意味で、主の臨在に浸ることを意味します。主の臨在に浸ると言ってもいろいろな方法があるでしょうが、アリソンさんが教えてくれた方法は下記の通りです。 
①横になる
 床の上でもいいし、ベッドの上でもいいと言われました。ダビデが詩篇23:2で、「主は私を緑の牧場に伏させて」下さると言った通り、文字通り横になって、主が下さるものを受け取りなさい、と。これは体力も弱っていた私には朗報でした。眠たくなって、寝てしまってもいいんですよと言われてなお励まされました。寝るためにやるわけではないのですが。
②イエス様にフォーカスする
その日の事をイエス様に言ってもいいし、ストレスを感じている事をそのままイエス様に言ってもいい。とにかく、思いをイエス様に向ける。
③聖霊様を歓迎する
「聖霊様の願われることをしてください」と祈って、聖霊様を歓迎する。神様のなさりたいことをなさりたいようにしていただくことが大切。主にその時々の進行を導いていただく。アリソンさんは、「心が取り扱われる時もあれば、天的な事を見せていただく時もあります」、あるいは、「主が愛のことばをささやいて下さる時もあります」と言っていました。 
いつやったらいいのかという問いに対してアリソンさんは、「毎日がいいですが、特に渇いている時、燃え尽きた時、疲れている時、何もささげるものがない時にするといいです」と言っていました。
このように教えていただいたことを思い出して、私は自分にとって都合の良い夜の8時頃からソーキングを始めました。まずは、主の安息日をやぶったことを悔い改めました。(これは、土曜日や日曜日という「日」を安息日として守っていないということではなく、「主との安息の時を持っていない」ということの悔い改めでした。心と体を休め、主の御業(創造と救い)の完成を覚え、主が休まれたように休むことは今日もとても大切です。)そして主に回復を求めました。
最初は思いを集中するのがむずかしく、思いがあちこちに散ってしまいました。しかし、何よりも自分の心(聖書的な言い方では「たましい」)の回復を切望していたので、心の中で何度も「たましいを回復させてください」と祈りました。いくつかの聖書の言葉を思い出しては、それを祈りました。
たとえば、ローマ8:6です。「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。」死に至る肉的な思いではなく、御霊に導かれた思考から来る、いのちと平安を求めました。
●詩篇23:3「主は私のたましいを生き返らせる」とありますから、何度もこれを祈りました。
●イザヤ40:31「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」これは有名な聖書の箇所で今までに何度も聞いてきましたし、歌ってきました。ですから、横になりながら、目を閉じて聖書が開けなくても、大体暗記していますから、このみことばをじっくり思い巡らし、祈りに変えることが、少しずつ出来ていきました。
 このように毎日ソーキングを1時間から1時間半ずつ位続けていくうちに、少しずつ自分の内側が回復して来るのがわかりました。霊的に神様との関係が回復してくると、精神的な領域も回復し始めました。少しずつ希望が戻ってきました。やる気が出てきました。喜びが湧き上がってくるようになりました。人と接したくなってきました。
 神様の恵みとあわれみによって2011年を希望のうちにスタートすることができ、職場にも復帰することが出来ました。ソーキングはうつや燃え尽きからの回復のためにとても役立ちましたが、そこで終わりません。ソーキングは人間にとって最も基本的に必要である「神に聞き従う」ことのためにとても助けになります。そして主の私たちに対する愛を知り、主をさらに深く知るためにとても良い方法です。

詩篇40篇
ソーキングを始めて2週間位たった頃に、詩篇40篇を読み、今自分がこれを体験させていただいているなと感じました。
1節「私は切なる思いで主を待ち望んだ。」
ソーキングはまさに「主を待ち望む」行為です。
「主は私のほうに身を傾け、私の叫びを聞き、」
何者でもない自分のほうに神様ご自身がわざわざ「身を傾けて、叫びを聞いてくださっている」ことがだんだんわかるようになり、感謝に絶えませんでした。
2節「私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。」
うつはまさに「穴」であり、「泥沼」です。主がそこから私を引き上げてくださったのです!
「そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。」
ソーキングを通して主の臨在に浸り続けることによって、自分がだんだんしっかりするようになり、歩みが確かになっていきました。
6節「あなたは、いけにえや穀物のささげ物をお 喜びにはなりませんでした。あなたは私の耳を開いてくださいました。あなたは、全焼のいけにえも、罪のためのいけにえも、お求めになりませんでした。」
ソーキングによって聖書の色々な箇所が心に深く響くようになり、主が私の心に語りかける言葉が以前より明瞭に聞こえるようになりました。主が「私の耳を開いてくださいました。」
7節「そのとき私は申しました。『今、私はここに来ております。巻物の書に私のことが書いてあります。』8節「わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。」
ソーキングをするようになってから同時に主の十字架のことを以前より深く思い巡らすようになりました。主からこう言われているように感じました。「私はあなたのためにいのちを捨てました。あなたは私に何をささげますか?」と。主の自分に対する愛がわかればわかるほど、喜んで自分のいのちを主にささげたくなります。

「ソーキング」という言葉を最初に使うようになったトロントの教会は、15年以上続いている刷新の働きが保たれてきた秘訣はソーキングにあると言います。もちろん主の臨在に浸る方法は他にもありますのでソーキングだけが有効だということではありません。しかし、私は自分の体験からこれがとても有効であると言うことが出来、ぜひソーキングをお勧めしたいと思います。下記にソーキングに関する説明やみことばの根拠、ソーキング・ミュージックについての説明を書きます。ぜひお読みください。

今後も、恐れの克服や、うつや燃え尽きに関して教えられたことなどを書き加えたいと考えています。この文章を読むあなたに主の助けといやしがあることをお祈りしています。これらのことに関して何かのお役に立つことが出来れば幸いです。お問い合わせなどがありましたら、geraldmgoodall@gmail.comに連絡してください。
主にあって、
グドール ジェラルド


ソーキング 神の臨在に浸る 
(CTFミニストリーズ「ソーキング」パンフレットより翻訳)

会話の後半部分
イエス様は、「求めなさい、そうすれば与えられます」と言われました。私たちは求めるのは得意なのですが、、、「受けること」はどうでしょうか?私たちの側だけが話していれば、かなり一方的な会話になってしまいます。ソーキングとは、主との会話の「聞く」部分です。横になって、主から受けるために時間を割くことです。

ただリラックスする 
神様と出会うことの主な妨げは、私たちのガンバリです。神様からの最大の助言は、「ただリラックスしなさい」ということです。詩篇46:10で神様はこう言っておられます。「静まって、わたしこそ神であることを知りなさい。」神様を知る方法は、平安と静まることによってです。

静思の時(クワイエット タイム)
外側が平安な環境になることは、私たちの内側が平安になることを助けます。ソーキングをする時は、静かなインストロメンタル音楽か、あるいは、ワーシップ音楽をかけて、横になるのです。最初は、いろいろな思いで頭がいっぱいになるでしょうが、その思いと争おうとしないことです。思いが静まるのを待って、私たちの思いを聖霊様にゆだねるのです。主が私たちの霊の中におられることを思い巡らし、主がすぐそばにいてくださることを信じるのです。気がそらされても、いらだたず、もう一度思いを主に向けるのです。

横になる
私たちは、横になることが、一番良い姿勢であることを発見しました。肉体的にリラックスし、主に集中する助けになるのです。横になることによって、神様に対して自分たちのやりたいことを明け渡すという意思表示になるのです。自分の支配権を主にゆだねるのです。聖霊様に身を任せるのです。愚かに感じ、プライドが傷つくかもしれません。ソーキングはへりくだる行為です。

ヒューマン・ビーイング(英語で人間の事)(ヒューマン・ドゥーイングではない)
最初に心の中で、マリヤとマルタの葛藤があるかもしれません。私たちはとかく、マルタのように何かを「しなければ」と感じます。しかし、ソーキングはマリヤ的時間です。マルタはイエス様に仕えることの忙しさに捕らわれてしまいました。ソーキングは、自分の努力でどれくらい達成できるかということではありません。私たちの内における神様の働きなのです。

子供のような信仰
ソーキングとは献身です。「神様、この時間はあなたのためです。」
ソーキングとは招きです。「神様、あなたの望まれることを私の内に行ってください。」
ソーキングとは期待です。「天のお父様、私があなたの中で安らいでいる今、私の内で成し遂げてくださっていることを感謝します。」子供のように主のもとに来て、主が私たちの内で良いことを行ってくださっていることを信じるのです。「あなたがたも…自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:13) 

休息と回復
ソーキングは、詩篇23篇的体験です。主は私たちを緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴ってくださいます。私たちのたましいを生き返らせてくださいます。この回復の過程の中で私たちは肉体的あるいは感情的に何らかの反応をするかもしれません。聖霊様が私たちの中で働くにつれて、私たちは笑うかもしれませんし、あるいは涙を流したり、からだが震えるかもしれません。聖霊様が幻を与えてくださったり、いやしたいと願っておられる記憶を思い起こさせてくださるかもしれません。多くの場合、深い安息に入りますし、実際に寝てしまうかもしれません。たとえ何を感じなくても、主が私たちの霊の中に働いていてくださることを信じるのです。

ぶどうの木にとどまる
神様と親密になることは私たちの人生のあらゆる面で実を結ぶ鍵となります。私たちが自分のうちにある主の臨在に気づけば気づくほど、私たちの周りの人たちもそれに気づきます。私たちが自分のうちにある主の臨在に影響されればされるほど、周りの人々もそうなります。神様と共に隠れ場で時間を過ごすことによって、毎日の生活の中で霊によって歩むようになります。神様のために何かを成し遂げようとやっきになるのではなく、私たちを通して主がご自分の御国を建て上げてくださるのを発見するようになります。「権力によらず、能力によらず、私の霊によって」(ゼカリヤ4:6)

どのようにソーキングをするか
●居心地良く横になれるところを探す。
●忙しく動き回る思いが静まるのを待つ。(その思いと闘わないようにしてください。)
●聖霊様の臨在に浸してくださるようにお招きする。
●自分自身(思いも体もたましい)を、祈りながら聖霊様に明け渡す。
●自分の中にある主の臨在に焦点を合わせる。
●主が自分自身の中で働いていることを信じ、信仰によって安息する。
●できるだけ時間を取る。(リラックスし、受け取り始めるのに、自分に少なくても20分を与えてください。)
●リフレッシュされ、聖霊に満たされて起き上がる。
●自分と自分の周りの世界を神様が変えてくださるのを見てください。

ソーキングに関するみことば
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
詩篇23:1-3

…床の上で自分の心に語り、静まれ。 セラ
詩篇4:4

主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。
詩篇37:7

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。
マタイ11:28-30

したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。神の安息に入った者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。ですから、私たちは、この安息に入るよう力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。
ヘブル4:9-11

静まって、わたしこそ神であることを知れ。
詩篇46:10

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
イザヤ40:29-31

待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。
詩篇27:14

ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ。
イザヤ55:1-3

彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。
ルカ10:39

■インターネット上の「ソーキング・サイト」   (文責 グドール ジェラルド)
疲れを覚えている人がたくさんいる現在、アメリカなどではソーキングが燎原(りょうげん)の火のごとく拡がっています。そして、インターネットのウエブサイトを通して、良質の「ソーキング・ミュージック」が無料で提供されています。コンピュータを通してインターネットにアクセスできる方はぜひ利用してください。

ここに二つの「ソーキング・サイト」を紹介します。

●Soaking With A Purpose (SWAP) http://www.soakingwithapurpose.com/
「目的をもったソーキング」という名前のこのサイトは、豊富な種類のソーキング・ミュージックを提供しています。このサイトのホームページの、GENREというタブをクリックしてください。そうすると、様々なジャンル別のソーキング・ミュージックを聴くことができます。聴くだけでなく、ダウンロードすることのできる曲もあります。ことばの入らないインストロメンタル曲もありますし、ことば(英語)の入った曲もあります。
私は、ブライアン・ロングリッジ(Brian Longridge)という人のソーキング・ミュージックが好きです。そのなかでも、”Longing”(切望とか、あこがれという意味です)という曲が好きです。いくら聴いても飽きない、主の臨在あふれる曲です。ソーキングの時によく聴きます。

●Soaking.Net http://www.soaking.net/
これは私が最初に出会ったソーキング・サイトです。ホームページにミュージック・プレイヤーがあり、クリックすれば24時間ソーキング・ミュージックが聴けます。上の方にある、ミュージック・プレイヤー(Music Player)をクリックすれば、ことばの無いインストロメンタル曲(Music Only)が聴けます。その下にあるミュージック・プレイヤーをクリックすればことばの入った曲(Songs and Music)が聴けます。気に入ったソーキング・ミュージックがあれば、CDを購入したり、ダウンロードをすることができます。

この他にもソーキング・サイトはいくつかあるようです。是非ご自分で探してみてください。

前に向かって進もう

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このペンギンのように、いつも主を見上げ、前に向かって進もう。

Somebody Loves You!

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お元気ですか?

今日もあなたを愛している方がいることを忘れないでください。

God Bless You!

トモダチに助けてもらって前に進もう

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またまた、カワイイ動物たちの画像が送られてきましたので、あなたと分かち合います。

http://www.icfire.com/blogs/goodall/data/upfile/Just_one_of_those_days.htm をクリックすれば画像が見れます。

メッセージは英語のままにしておきました。英語の勉強と思って読んでみてください。質問があればお答えします。

ケツロンは、ハトによりかかるサル君の画像にあるように、

「友だちの助けが少しでもあればやっていけるよ」ということ。

God Bless You!

心臓の音

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子どもと言うのは純心ですよね。

小児病棟のある看護婦さんは、子どもの心音を聴く前に、子どもの耳に聴診器をあてて、子どもに自分の心臓の音を聴かせてあげていました。 子どもの目はいつも驚きをもって輝きました。 
しかし、ある日のデイビッド君の応答はすごかった。

彼女はそっと、聴診器を彼の耳に押し込んで、ディスクを彼の心臓の上に置きました。

「聴いてごらん」と、彼女は言いました… 。 「何だと思う?」

デイビッドは、トン、トン、トンと彼の胸の内で鳴っている心臓の不思議な音に、最初は当惑したように、まゆを寄せて、見上げていました。 しかしすぐに彼の顔は素晴らしい満面の笑みになり、聞いたのです。 
「これはイエス様がノックしてるんだよね?」と。

あなたは最近、自分の心臓の音を聴きましたか? 以前に聴いたことがあるかもしれませんが、それはデイビッド君の言うように、あなたの心の扉をノックするイエス様のノックの音なのかもしれません。 聖書には次のイエス様の言葉があります。

「ごらんなさい。 わたしは戸の外で、しきりにたたいています。 その呼びかけにこたえて戸を開ける人なら、だれとでも、わたしは中に入って、親しく語り合います。 そして、お互いに楽しい時を過ごすのです。」
黙示録3:19(リビングバイブル)

まだイエス様を受け入れていない方はどうぞ受け入れてください。すでにイエス様を受け入れた方は、さらに心の奥の間に受け入れてください。 

God Bless You!

冬のすずめ

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Merry Christmas!
みなさん、どのようなクリスマスをお過ごしですか?
この写真にあるように、昨晩忙しく飛び回っていたこの男は、飛行機と衝突して大変な目に会ったようです。

クリスマスに関してこんな美しい話を知りましたのであなたと分かち合いたいと思います。God Bless You!

冬のすずめ
ひどく寒い冬のある日、一人の農夫が、誰かが台所の窓を叩き続ける音を聞きました。驚くことに、窓の外で寒さに凍えた小さなすずめたちが、暖かい部屋の温度に惹かれて、頭でガラス窓を空しく突いていたのです。

それで農夫は足跡ひとつない雪をかき分けながら、農場の物置小屋の扉を開けるために出て行きました。彼は明かりをつけて藁を敷き、その上に菓子くずを落としておきました。菓子くずをたどって暖かい小屋の中へ導こうとする農夫の意図を理解できず、すずめたちはただ恐れて暗闇に隠れてしまいました。

農夫はいろんな方法を使ってみました。すずめたちの後ろに行って小屋の方へと追いやってみたり、すずめたちが自ら小屋の中へ飛び込んでいかないかとじっと見つめてみたりもしました。しかし、すずめたちが動くことはなく、農夫の意図をまったく理解することができませんでした。

今にも凍え死にそうなすずめたちを見ていた農夫の心に、ある思いが浮かびました。「もし私が少しの間でもすずめになれたら、彼らを暖かく安心な場所へと案内できるのに。」 
農夫は同時に、神が人となってこの世に生まれてくださったことの神秘と十字架にかかって人間の身代わりに罪の罰を受けてくださったことの意味が、心の奥底から理解できるようになったのです。

今年一年の感謝なこと

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師走も半ば、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
12月15日のセルのクリスマスで、今年1年を振り返って感謝な事をABCでリストアップするゲームをしました。一つのチームがA~Mで始まる感謝な事を、もう一つのチームがN~Zを出来るだけ早く探すというゲームです。結果は下記の通りです。わけのわからないものもありましたが、楽しかったですし、神様に感謝がささげられました。あなたもやってみませんか?

「主に感謝するのは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。」詩篇92:1

●●●ICF教会北区・石狩セル 2007年感謝リスト●●●
A あなたに会えてよかった
B バプテスマ19人ばんざい!
 (今年ICFでバプテスマを受けた人の数)
C 調子が良くなった!
D ディボーションが出来るようになった
E 笑顔が増えた
F 服が買えた
G グドール先生のメッセージに恵まれた
H 穂別でバプテスマを受けた人が起こされた!
I  石狩に教会が出来た! (金夫妻の始めたIJCCのこと)
J 事故にあわなかった
K 神様が祝福してくれた
L ラッキーな一年だった
M まともな生活が出来るようになった
N 入学できた (高校に)
O 重くなった (小さい子供の体重が)
P フィリピン(英語でPhilippines)に行けた
Q 急にやせた
R 来年アメリカに行く
S 身長が伸びた
T テニスが出来る
U 生まれてよかったと思っている
V ヴィジョンがかなった
W 笑って過ごせててる
X 臭い(この中にXが)ものにもめげずにこれた
Y やせた
Z 座高が伸びた (小学生のコメント)

神様からのスマイル

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この、「神様からのスマイル」を見て、次の聖書のことばを思い出しました。これを読むあなたにこの祝福を祈ります。

主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。
民数記6章24-26節

この聖句に関して、「聖書の達人」の注解にこのように書かれていました。
「〈御顔を……照らし〉(25)という表現は,夜明けの情景を連想させるが,その内容は,神の恵みに照らされる人々に喜びが与えられることを言う。
〈恵まれますように〉とは,祝福を受けることが当然ではない者にも恩恵を下されるようにという祈願である。
〈御顔をあなたに向け〉とは,ここでは怒りが過ぎ去っただけでなく,好意を示す神の御顔が向けられることを表す。
〈平安〉の原語は,よく知られたシャーロームであって,日常のあいさつにもよく使用される。その意味は,ただ戦争がないといった消極的なものにとどまらず,人生の安全と繁栄,精神的な充実,神の御心にそった霊的な調和と確信といった深い内容がある。」

God Bless You!

神様のココロ

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神様に愛されていることを忘れていませんか?
忘れてしまわないように神様は色々な方法で私たちに愛を示してくださいます。
空からこんなふうに愛を示してくださる時もあります。
God Bless You!
ぐどうる じぇらるど

Never Give Up

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みなさん、お元気でしょうか?

このカエルを見てどう思いますか?

ぼくは、「最後まであきらめない」カエル君の強さを感じました。

「決して希望を捨てないこと」の大切さも感じます。

人生、時に、「もうダメだ」と思ってしまいたくなる時もあります。

しかし、そんな時もあきらめないで、不可能を可能にする、神様に信頼しましょう。

神様につかまる自分の腕の力に信頼しなくてもいいです。

仮に腕の力が衰えて、落ちてしまっても、下にはあなたを支える神様の力強い腕がありますから。


「いにしえの神は難を避ける場所。とこしえの御腕がそれを支える。」
申命記33:27

英語訳では、“underneath are the everlasting arms.”となっています。

God Bless You!

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