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「うつ病」と「燃え尽き症候群」からの回復

ソーキングの効能
「うつ病」と「燃え尽き症候群」からの回復
グドール ジェラルド
2011年1月31日

イントロ
二年位前の3月、ジェリー牧師から「疲れた顔をしているね」と言われました。自分でも精神的な疲れはかなり感じていたので、その後思い切って精神科の病院に行ってみると、医者から「うつですね」と診断されました。その頃から「うつ」と「燃え尽き」との苦しく暗い闘いが始まりました。ここに、「うつ病」と「燃え尽き症候群」からの回復の体験談を書かせていただきます。「うつ病」や「燃え尽き症候群」とは無縁だとお思いの方も、私の回復に役立った「ソーキング」の効能をぜひ知っていただきたいので、お読みいただければ幸いです。また、「ソーキング」だけがうつや燃え尽きに有効であると言おうとしているのでもありません。これからも謙虚になって、聖書や精神医療から学んでいくべきであると感じています。日本のうつ病患者数は近年増加し、潜在患者数は一千万超とも言われています。そのような中で、うつ病や燃え尽き症候群から一人でも多くの人が回復することを願ってこの文章を書いています。

人を避ける
私はうつと診断されてからも仕事や教会での奉仕は続けていました。しかし、うつ病の典型的な症状である、「人を避けたくなる」ことがよくありました。教会に行っても一番先に考えることは「どうやったら早く家に帰ることが出来るか」でした。一番いやなときは礼拝の最初にみんなで互いにあいさつをし、握手をするときでした。教会の祈り会などで礼拝している時に、主の臨在で感動しているように見える人がたくさんいても、自分は何も感じない、ただ頭が痛く、疲れるというようなことが何度もありました。でも、何も感じなくても主の臨在に浸り、ほかの兄弟姉妹たちと集まることだけはやめたくなかったので、集い続けました。

仕事に行けなくなる
職場であるCFNJ聖書学院に行っても、服用していた抗うつ剤の副作用などで眠たくなったり、薬の作用とは別に、やる気が全くなくなることがよくあり、一日のうちに1,2時間横にならなければならないことがしばしばありました。平日に一日の休みをとっても回復することはありませんでした。2010年8月にはついに休職することにしました。9月から10月にかけて、転地療養のためにアメリカテキサス州ダラスにあるCFNI聖書学院のキャンパスに滞在することにしました。CFNIにいる間に、そこで学んでいる娘と息子に会うことが出来たり、いやしのセミナーにでたり、指導者のカウンセリングを受けたりするという恵まれた時を過ごすことが出来ました。このアメリカ訪問で得たことはソーキングを始めて、元気が回復し始めてからとても力になりました。しかし、日本に戻ってきた後も、すぐには回復せず、だんだん希望ややる気がなくなり、沈んでいく日々が過ぎていきました。

「私の安息に入りなさい」
そのような日々の中、11月中旬のある日曜日、私が通っているのと同じICF教会の佐藤ケイトさんからメールをいただきました。それはまとめると大体次のような内容でした。「主に祈っている中で、あなたに次のようなことばを主が語っているように感じました。『私はあなたを回復する。しかしあなたはまだ準備ができていない。あなたは、「なぜこのようなことが自分に起こるのだろうか」と言っている。しかし私はあなたに言う。「あなたは私の安息日をやぶった。それを守らなかった。今私の安息に入りなさい。時間を取りなさい。普段していることを離れて私のもとに来なさい。私の顔を慕い求めなさい。緑の牧場に伏しなさい。私があなたのたましいを生き返らせます。私はあなたをいやす主であるから。」』
私はこのメールを読んですぐにぴんと来ました。そうだ、自分は今まで神様が約束してくださっている安息を大切にしていなかった。一番大事な、神様と時間を過ごすことをおろそかにしてきた。今こそそれを実践しなければならないと感じました。
それと同時に、ケイトさんのように自分のために祈ってくださっている多くの方々の祈りがあることを覚え、深い感謝の念を感じました。(私のために祈っていてくださった方々に感謝します!)

ソーキングを始める
ケイトさんからメールをもらった次の日から早速ソ-キングを始めました。ソーキングについては何年か前に、日本中の牧師たちが集まる「教役者大会」で紹介され、少しやったことはあったのですが、毎日継続して行うことはありませんでした。
「教役者大会」の講師の一人であった、カナダ・トロントの教会の牧師夫人のアリソン・ジョーンズさんが自らの証しで、ソーキングを通して心のいやしの大部分を体験したと言っていました。ソーキングとは、「浸ること」という意味で、主の臨在に浸ることを意味します。主の臨在に浸ると言ってもいろいろな方法があるでしょうが、アリソンさんが教えてくれた方法は下記の通りです。 
①横になる
 床の上でもいいし、ベッドの上でもいいと言われました。ダビデが詩篇23:2で、「主は私を緑の牧場に伏させて」下さると言った通り、文字通り横になって、主が下さるものを受け取りなさい、と。これは体力も弱っていた私には朗報でした。眠たくなって、寝てしまってもいいんですよと言われてなお励まされました。寝るためにやるわけではないのですが。
②イエス様にフォーカスする
その日の事をイエス様に言ってもいいし、ストレスを感じている事をそのままイエス様に言ってもいい。とにかく、思いをイエス様に向ける。
③聖霊様を歓迎する
「聖霊様の願われることをしてください」と祈って、聖霊様を歓迎する。神様のなさりたいことをなさりたいようにしていただくことが大切。主にその時々の進行を導いていただく。アリソンさんは、「心が取り扱われる時もあれば、天的な事を見せていただく時もあります」、あるいは、「主が愛のことばをささやいて下さる時もあります」と言っていました。 
いつやったらいいのかという問いに対してアリソンさんは、「毎日がいいですが、特に渇いている時、燃え尽きた時、疲れている時、何もささげるものがない時にするといいです」と言っていました。
このように教えていただいたことを思い出して、私は自分にとって都合の良い夜の8時頃からソーキングを始めました。まずは、主の安息日をやぶったことを悔い改めました。(これは、土曜日や日曜日という「日」を安息日として守っていないということではなく、「主との安息の時を持っていない」ということの悔い改めでした。心と体を休め、主の御業(創造と救い)の完成を覚え、主が休まれたように休むことは今日もとても大切です。)そして主に回復を求めました。
最初は思いを集中するのがむずかしく、思いがあちこちに散ってしまいました。しかし、何よりも自分の心(聖書的な言い方では「たましい」)の回復を切望していたので、心の中で何度も「たましいを回復させてください」と祈りました。いくつかの聖書の言葉を思い出しては、それを祈りました。
たとえば、ローマ8:6です。「肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。」死に至る肉的な思いではなく、御霊に導かれた思考から来る、いのちと平安を求めました。
●詩篇23:3「主は私のたましいを生き返らせる」とありますから、何度もこれを祈りました。
●イザヤ40:31「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」これは有名な聖書の箇所で今までに何度も聞いてきましたし、歌ってきました。ですから、横になりながら、目を閉じて聖書が開けなくても、大体暗記していますから、このみことばをじっくり思い巡らし、祈りに変えることが、少しずつ出来ていきました。
 このように毎日ソーキングを1時間から1時間半ずつ位続けていくうちに、少しずつ自分の内側が回復して来るのがわかりました。霊的に神様との関係が回復してくると、精神的な領域も回復し始めました。少しずつ希望が戻ってきました。やる気が出てきました。喜びが湧き上がってくるようになりました。人と接したくなってきました。
 神様の恵みとあわれみによって2011年を希望のうちにスタートすることができ、職場にも復帰することが出来ました。ソーキングはうつや燃え尽きからの回復のためにとても役立ちましたが、そこで終わりません。ソーキングは人間にとって最も基本的に必要である「神に聞き従う」ことのためにとても助けになります。そして主の私たちに対する愛を知り、主をさらに深く知るためにとても良い方法です。

詩篇40篇
ソーキングを始めて2週間位たった頃に、詩篇40篇を読み、今自分がこれを体験させていただいているなと感じました。
1節「私は切なる思いで主を待ち望んだ。」
ソーキングはまさに「主を待ち望む」行為です。
「主は私のほうに身を傾け、私の叫びを聞き、」
何者でもない自分のほうに神様ご自身がわざわざ「身を傾けて、叫びを聞いてくださっている」ことがだんだんわかるようになり、感謝に絶えませんでした。
2節「私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。」
うつはまさに「穴」であり、「泥沼」です。主がそこから私を引き上げてくださったのです!
「そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。」
ソーキングを通して主の臨在に浸り続けることによって、自分がだんだんしっかりするようになり、歩みが確かになっていきました。
6節「あなたは、いけにえや穀物のささげ物をお 喜びにはなりませんでした。あなたは私の耳を開いてくださいました。あなたは、全焼のいけにえも、罪のためのいけにえも、お求めになりませんでした。」
ソーキングによって聖書の色々な箇所が心に深く響くようになり、主が私の心に語りかける言葉が以前より明瞭に聞こえるようになりました。主が「私の耳を開いてくださいました。」
7節「そのとき私は申しました。『今、私はここに来ております。巻物の書に私のことが書いてあります。』8節「わが神。私はみこころを行うことを喜びとします。あなたのおしえは私の心のうちにあります。」
ソーキングをするようになってから同時に主の十字架のことを以前より深く思い巡らすようになりました。主からこう言われているように感じました。「私はあなたのためにいのちを捨てました。あなたは私に何をささげますか?」と。主の自分に対する愛がわかればわかるほど、喜んで自分のいのちを主にささげたくなります。

「ソーキング」という言葉を最初に使うようになったトロントの教会は、15年以上続いている刷新の働きが保たれてきた秘訣はソーキングにあると言います。もちろん主の臨在に浸る方法は他にもありますのでソーキングだけが有効だということではありません。しかし、私は自分の体験からこれがとても有効であると言うことが出来、ぜひソーキングをお勧めしたいと思います。下記にソーキングに関する説明やみことばの根拠、ソーキング・ミュージックについての説明を書きます。ぜひお読みください。

今後も、恐れの克服や、うつや燃え尽きに関して教えられたことなどを書き加えたいと考えています。この文章を読むあなたに主の助けといやしがあることをお祈りしています。これらのことに関して何かのお役に立つことが出来れば幸いです。お問い合わせなどがありましたら、geraldmgoodall@gmail.comに連絡してください。
主にあって、
グドール ジェラルド


ソーキング 神の臨在に浸る 
(CTFミニストリーズ「ソーキング」パンフレットより翻訳)

会話の後半部分
イエス様は、「求めなさい、そうすれば与えられます」と言われました。私たちは求めるのは得意なのですが、、、「受けること」はどうでしょうか?私たちの側だけが話していれば、かなり一方的な会話になってしまいます。ソーキングとは、主との会話の「聞く」部分です。横になって、主から受けるために時間を割くことです。

ただリラックスする 
神様と出会うことの主な妨げは、私たちのガンバリです。神様からの最大の助言は、「ただリラックスしなさい」ということです。詩篇46:10で神様はこう言っておられます。「静まって、わたしこそ神であることを知りなさい。」神様を知る方法は、平安と静まることによってです。

静思の時(クワイエット タイム)
外側が平安な環境になることは、私たちの内側が平安になることを助けます。ソーキングをする時は、静かなインストロメンタル音楽か、あるいは、ワーシップ音楽をかけて、横になるのです。最初は、いろいろな思いで頭がいっぱいになるでしょうが、その思いと争おうとしないことです。思いが静まるのを待って、私たちの思いを聖霊様にゆだねるのです。主が私たちの霊の中におられることを思い巡らし、主がすぐそばにいてくださることを信じるのです。気がそらされても、いらだたず、もう一度思いを主に向けるのです。

横になる
私たちは、横になることが、一番良い姿勢であることを発見しました。肉体的にリラックスし、主に集中する助けになるのです。横になることによって、神様に対して自分たちのやりたいことを明け渡すという意思表示になるのです。自分の支配権を主にゆだねるのです。聖霊様に身を任せるのです。愚かに感じ、プライドが傷つくかもしれません。ソーキングはへりくだる行為です。

ヒューマン・ビーイング(英語で人間の事)(ヒューマン・ドゥーイングではない)
最初に心の中で、マリヤとマルタの葛藤があるかもしれません。私たちはとかく、マルタのように何かを「しなければ」と感じます。しかし、ソーキングはマリヤ的時間です。マルタはイエス様に仕えることの忙しさに捕らわれてしまいました。ソーキングは、自分の努力でどれくらい達成できるかということではありません。私たちの内における神様の働きなのです。

子供のような信仰
ソーキングとは献身です。「神様、この時間はあなたのためです。」
ソーキングとは招きです。「神様、あなたの望まれることを私の内に行ってください。」
ソーキングとは期待です。「天のお父様、私があなたの中で安らいでいる今、私の内で成し遂げてくださっていることを感謝します。」子供のように主のもとに来て、主が私たちの内で良いことを行ってくださっていることを信じるのです。「あなたがたも…自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:13) 

休息と回復
ソーキングは、詩篇23篇的体験です。主は私たちを緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴ってくださいます。私たちのたましいを生き返らせてくださいます。この回復の過程の中で私たちは肉体的あるいは感情的に何らかの反応をするかもしれません。聖霊様が私たちの中で働くにつれて、私たちは笑うかもしれませんし、あるいは涙を流したり、からだが震えるかもしれません。聖霊様が幻を与えてくださったり、いやしたいと願っておられる記憶を思い起こさせてくださるかもしれません。多くの場合、深い安息に入りますし、実際に寝てしまうかもしれません。たとえ何を感じなくても、主が私たちの霊の中に働いていてくださることを信じるのです。

ぶどうの木にとどまる
神様と親密になることは私たちの人生のあらゆる面で実を結ぶ鍵となります。私たちが自分のうちにある主の臨在に気づけば気づくほど、私たちの周りの人たちもそれに気づきます。私たちが自分のうちにある主の臨在に影響されればされるほど、周りの人々もそうなります。神様と共に隠れ場で時間を過ごすことによって、毎日の生活の中で霊によって歩むようになります。神様のために何かを成し遂げようとやっきになるのではなく、私たちを通して主がご自分の御国を建て上げてくださるのを発見するようになります。「権力によらず、能力によらず、私の霊によって」(ゼカリヤ4:6)

どのようにソーキングをするか
●居心地良く横になれるところを探す。
●忙しく動き回る思いが静まるのを待つ。(その思いと闘わないようにしてください。)
●聖霊様の臨在に浸してくださるようにお招きする。
●自分自身(思いも体もたましい)を、祈りながら聖霊様に明け渡す。
●自分の中にある主の臨在に焦点を合わせる。
●主が自分自身の中で働いていることを信じ、信仰によって安息する。
●できるだけ時間を取る。(リラックスし、受け取り始めるのに、自分に少なくても20分を与えてください。)
●リフレッシュされ、聖霊に満たされて起き上がる。
●自分と自分の周りの世界を神様が変えてくださるのを見てください。

ソーキングに関するみことば
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。
詩篇23:1-3

…床の上で自分の心に語り、静まれ。 セラ
詩篇4:4

主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。
詩篇37:7

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。
マタイ11:28-30

したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。神の安息に入った者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。ですから、私たちは、この安息に入るよう力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。
ヘブル4:9-11

静まって、わたしこそ神であることを知れ。
詩篇46:10

疲れた者には力を与え、精力のない者には活気をつける。 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
イザヤ40:29-31

待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。
詩篇27:14

ああ。渇いている者はみな、水を求めて出て来い。金のない者も。さあ、穀物を買って食べよ。さあ、金を払わないで、穀物を買い、代価を払わないで、ぶどう酒と乳を買え。なぜ、あなたがたは、食糧にもならない物のために金を払い、腹を満たさない物のために労するのか。わたしに聞き従い、良い物を食べよ。そうすれば、あなたがたは脂肪で元気づこう。耳を傾け、わたしのところに出て来い。聞け。そうすれば、あなたがたは生きる。わたしはあなたがたととこしえの契約、ダビデへの変わらない愛の契約を結ぶ。
イザヤ55:1-3

彼女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、みことばに聞き入っていた。
ルカ10:39

■インターネット上の「ソーキング・サイト」   (文責 グドール ジェラルド)
疲れを覚えている人がたくさんいる現在、アメリカなどではソーキングが燎原(りょうげん)の火のごとく拡がっています。そして、インターネットのウエブサイトを通して、良質の「ソーキング・ミュージック」が無料で提供されています。コンピュータを通してインターネットにアクセスできる方はぜひ利用してください。

ここに二つの「ソーキング・サイト」を紹介します。

●Soaking With A Purpose (SWAP) http://www.soakingwithapurpose.com/
「目的をもったソーキング」という名前のこのサイトは、豊富な種類のソーキング・ミュージックを提供しています。このサイトのホームページの、GENREというタブをクリックしてください。そうすると、様々なジャンル別のソーキング・ミュージックを聴くことができます。聴くだけでなく、ダウンロードすることのできる曲もあります。ことばの入らないインストロメンタル曲もありますし、ことば(英語)の入った曲もあります。
私は、ブライアン・ロングリッジ(Brian Longridge)という人のソーキング・ミュージックが好きです。そのなかでも、”Longing”(切望とか、あこがれという意味です)という曲が好きです。いくら聴いても飽きない、主の臨在あふれる曲です。ソーキングの時によく聴きます。

●Soaking.Net http://www.soaking.net/
これは私が最初に出会ったソーキング・サイトです。ホームページにミュージック・プレイヤーがあり、クリックすれば24時間ソーキング・ミュージックが聴けます。上の方にある、ミュージック・プレイヤー(Music Player)をクリックすれば、ことばの無いインストロメンタル曲(Music Only)が聴けます。その下にあるミュージック・プレイヤーをクリックすればことばの入った曲(Songs and Music)が聴けます。気に入ったソーキング・ミュージックがあれば、CDを購入したり、ダウンロードをすることができます。

この他にもソーキング・サイトはいくつかあるようです。是非ご自分で探してみてください。

前に向かって進もう

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このペンギンのように、いつも主を見上げ、前に向かって進もう。

命の水

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オススメのCDがあります。

先日、アメリカ、テキサス州のダラスに行った時にいただいた、「命の水」というCDです。

日本語と英語のワーシップソングが交互に歌われているCDです。
音楽的にもスピリチュアルにもとてもレベルが高いですね。
私は、特に日本語の歌がすーっと心に入ってきます。
「愛の歌」なんか、本当にいいですねえ。
「感謝の心」のリメイクなんか最高ですよ。

このCDは、プロドラマーでありCFNI聖書学院の講師であるKeith Banksさんに楽曲面のプロデュースを依頼しており、以前からチームの数名と交流があった、札幌出身の我らが!長沢崇史(通称「タカ」)を日本からゲストとして迎えたすばらしいプロジェクトになっています。

購入希望の方は、iccmusicdallas@gmail.comまで、お名前、住所、希望枚数をお書きの上、日本語にてメールをお送りください。

まずは、サンプルを、www.myspace.com/iccdallasmusicで聴いてみてください。

God Bless You!
グドール ジェラルド

犬も祈る?

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犬もこれほど真剣に「祈る」んですから、私たちも真剣になって祈りましょう! 

God Bless You!

Somebody Loves You!

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お元気ですか?

今日もあなたを愛している方がいることを忘れないでください。

God Bless You!

ノアの箱舟を造った人

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聖書を文字通り信じる、オランダのクリスチャンの大工さんが、ノアの箱舟を、聖書に書かれている寸法の縮尺で造りました。

中には、実物大の動物やノアの箱舟のストーリーを見せる映画館などが入っています。

オランダでは、教会に行く人の数が減っているとのことですが、この人はオランダの人々がもっとキリスト信仰に関心を持ってほしいと願い、これを時々息子さんに手伝ってもらいながら、ほとんど一人で造ったそうです。

聖書に次の言葉があります。
「年老いて、しらがになっていても、神よ、私を捨てないでください。
私はなおも、あなたの力を次の世代に、あなたの大能のわざを、後に来るすべての者に告げ知らせます。」
詩篇71:18

この人はこの聖書の言葉を実践していると思います。

God Bless You!

ピュリティ・リング贈呈式

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先日北海道の内陸のある教会に行ってきました。そこで、午前中の礼拝の後に、3人の中学生向けに、結婚まで純潔を守ることのメリットやそのすばらしさを教える、「アブステナンス・セミナー」を行いました。中学生たち、両親、教会に来ている大人たちが真剣に話を聞いてくれました。

 ここまでは、他の教会でもしたことがあるのですが、このセミナーの最後に、私が今までに公にはしたことのないあることをしました。それは、「ピュリティ・リング贈呈式」です。私には二人の娘がいますが、それぞれ13歳になった時に、「結婚まで純潔を守る、約束の印として」ピュリティ・リングを渡していました。しかし教会では、一度もしたことがありませんでした。今回、教会の牧師夫人から、「教会の中学生にピュリティ・リングの贈呈をしたい」との申し出があり、私はすぐに、「やりましょう!」と喜んで返事をしました。

 「アブステナンス・セミナー」のあと、ピュリティ・リングの意義について説明し、ピュリティ・リングを贈呈される3人の中学生に次のような誓約の言葉を繰り返してもらいました。

 「本当の愛は待つということを信じ、私は、神様に対して、自分に対して、家族に対して、私の将来の結婚相手に対して、そして私の将来の子供に対して、この日から、聖書に基づいた結婚をする日まで純潔を守り、また、生きている限り清く歩むことを誓います。」

 その後、ピュリティ・リングを贈呈する側の両親やセミナーに一緒に参加していた大人たちに次のように誓約の言葉を繰り返してもらいました。

 「本当の愛は清いということを信じ、私は、この若者たちとともに、神様に対して、自分に対して、家族に対して、信仰の仲間に対して、この日から、清い生き方をすること、性的に汚れたことから一切離れることを誓います。」

 その後に、中学生の親や教会の牧師夫人から、女の子には指輪を、男の子には十字架のネックレスが贈呈されました。私にとっては教会でこのように行うのは初めてでしたが、参加した他の大人たちと共に深い感動を覚えました。

 参加した大人からは、「中学生の子供たちがとてもうれしそうだったのが印象的でした。」「このようなミニストリーが日本中で行われると素晴らしいと思いました。」「私の子供の時にもしてほしかった!私も自分の子供にはそうしようと思います。」などの声が聞かれました。

 指輪やネックレスを渡してから中学生たちにこのように言いました。
  「この指輪をあなたに渡したのは、この決心をしたあなたを愛し、あなたを支える人です。 あなたが清い歩みをするのは神様の栄光のためであることを覚えていてください。あなたの結婚式の夜に、純潔の約束をしたこと、そして純潔の約束を守ったことを祝うしるしとして、結婚相手に渡してください。」

 ピュリティ・リングは、1990年代に、アメリカの福音派のクリスチャンの間で行われるようになりはじめました。最近では、アメリカの人気ポップ・ロックグループのジョナス・ブラザースがピュリティ・リングをしていることが話題になっています。(愛のおこぶろぐの「ピュリティ」参照) やがて日本の若い人たちの間でピュリティ・リングをすることの意味が伝わり、ピュリティ・リングをすることがかっこいいと言われるほどのブームになることを願っています。

ランニングマシーンに乗る猫

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こんにちは。
ランニングマシーンに乗る猫の動画です。
下記のリンクをクリックしてください。
けっこう笑えますよ。
スピーカーからの音楽を聴きながら見てください。
おヒマな時間にどうぞ。
God Bless You!
ぐどうる じぇらるど

http://www.sonnyradio.com/treadmillcats.html

ジョーディン・スパークスの勇気

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ジョーディン・スパークスがMTVのビデオ・ミュージック授賞式で純潔のために勇気ある態度を取る

「ピュリティ・リングに関して言うことは一つしかないわ。ピュリティ・リングをつけることは悪いことじゃない。男の子も女の子もみんながみんな『ふしだら』なわけじゃないのよ。」

いくつかのニュースソースによりますと、昨年のアメリカンアイドル優勝者のジョーディン・スパークスは9月7日(日)のMTVのビデオ・ミュージック授賞式で、純潔に対して勇気ある態度を取りました。

授賞式の司会であるイギリスのコメディアン、ラッセル・ブランドは、ポップロックバンド、ジョナス・ブラザースの結婚まで純潔を守るという約束に対していくつかの不快なジョークを飛ばしていました。

その後もジョナス・ブラザースに対してのジョークは続きましたが、ジョーディン・スパークスがジョン・レジェンドと賞を授与するためにステージに出てきたときジョークは止まりました。ジョーディンはマイクを取ると、ブランドのあざけりをしかりました。「(ジョナス・ブラザースのしている)ピュリティ・リングをすることは悪いことじゃない。男の子も女の子もみんながみんな『ふしだら』なわけじゃないのよ」と言いました。

WatchingAmericanIdol.comにあるリード・ダンの記事によりますと、スパークス自身も父親からもらったプロミス・リング(純潔を約束する指輪。ピュリティ・リングとも言う。)をしているそうです。American Idolのコンテストの中でも彼女は自分のしているリングのことを話しており、そこには「本当の愛は待つ」と刻印されているそうです。

「私はまだ恋をしていません。私は結婚まで自分を守っているんです」と言ったそうです。

ニュース・ソース: Reed Dunn – WatchingAmericanIdol.com

トモダチに助けてもらって前に進もう

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またまた、カワイイ動物たちの画像が送られてきましたので、あなたと分かち合います。

http://www.icfire.com/blogs/goodall/data/upfile/Just_one_of_those_days.htm をクリックすれば画像が見れます。

メッセージは英語のままにしておきました。英語の勉強と思って読んでみてください。質問があればお答えします。

ケツロンは、ハトによりかかるサル君の画像にあるように、

「友だちの助けが少しでもあればやっていけるよ」ということ。

God Bless You!

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